「面(マスク)」(横溝正史)

その絵画「起請」にはどんな秘密が隠されているのか?

「面(マスク)」(横溝正史)
(「怪奇探偵小説集続」)双葉社

「面(マスク)」(横溝正史)
(「誘蛾燈」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
   短篇コレクション④」)柏書房

「起請」。それは
遊女と取り交わす起請に、
美少年が血判を押している
絵であった。
展覧会でその風変わりな絵を
眺めていた「私」は、
陰鬱な雰囲気を湛えた老人から
話しかけられる。
醜悪な相貌の老人は、
絵の由来について語り始める…。

老人の語る「絵の由来」は、
「私」の背筋を凍らせるほどの
恐ろしい物語だったのです。
その絵画「起請」には
どんな秘密が隠されているのか?
横溝正史の昭和11年発表の
ホラー的短篇作品です。

〔主要登場人物〕
「私」

…語り手。展覧会に足を運ぶ。
「老人」
…見ず知らずの「私」に、作品「起請」の
 由来を語る。醜悪な相貌。
鱗三
…少年。画家である「女」の作品
 「起請」のモデルとなる。
綱島博士
…天才的整形外科医。
綱島朱実
…博士の妻。画家。「起請」の作者。

本作品の味わいどころ①
何が行われた?知らぬ間の強制手術

絵を描いた女性画家・朱実自身が
遊女のモデルであり、実際に
美少年・鱗三と逢い引きしていた。
鱗三は、画家の夫である
整形外科医・綱島に捕らえられた。
綱島は天才的な手腕を持っていた。
鱗三は眠らされたまま、
綱島から「強制的な手術」を受け…、
というのが老人の語る
「絵の由来」なのです。

この「強制的な手術」は、
横溝作品にいくつか登場します。
「蠟人」では、
やはり逢い引きをしていた美少年が、
相手の旦那である男に拉致され、
眠っている間に
去勢手術を受けさせられます。
ある意味、
殺されるよりも残酷な私刑です。
「カリオストロ夫人」では、
青年俳優の新しい恋人になった少女が、
男のパトロンでもあった女性と
魂の入れ替え手術
(ここまで来るともはやSF)を
受けさせられ、自殺に追い込まれます。
では鱗三が受けた「強制的な手術」とは
いったいどんな手術か?
詳しくは読んで
確かめていただきたいと思いますが、
それこそが本作品の
第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
それは報復か?恐ろしき手術の結果

綱島は妻を鱗三に
寝取られそうになったのですから、
その復讐は並大抵のものでは
ないはずです。
気の毒なことに、彼は「何か」を
手術によって奪われてしまうのです。
前述の「蠟人」では、
強制手術によって美少年は
「睾丸」および「精巣」を失います。
「カリオストロ夫人」では、
若い肉体を失うのです。
では、鱗三は何を失ったのか?
詳しくは読んで
確かめていただきたいと思いますが、
それこそが本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

まあ、かいつまんでいえば、
「蠟人」と「カリオストロ夫人」の
中間のようなものでしょうか。

本作品の味わいどころ③
恐怖の魔術師!天才的外科医の犯罪

したがって本作品の主人公
(というか最重要人物)は、
天才的外科医・綱島博士なのです。
彼はその驚異の整形手術により、
鱗三を完膚なきまで
たたきのめしたのですが、
実は妻・朱実にも
それを施していたことが語られます。
しかしその整形術は、
醜い顔立ちを美女に仕立て上げたような
生やさしいものではありません。
横溝はそこにも
秘密を織り混ぜているのです。
詳しくは読んで
確かめていただきたいと思いますが、
それこそが本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

さて、天才的外科医による
魔術のような整形術といえば、
連想するのが
江戸川乱歩「幽霊塔」です。
芦屋医師なる天才外科医が、
やはり魔術のような整形術を
行うものとして登場しています。
実は、この「幽霊塔」と本作品「面」の、
整形術に関する以下の描写が
似通っているのです。
①自分の整形術の完璧さを誇るために、
 これまで施術した人間の、
 整形前と整形後の
 石膏像を保管している。
②美女を、まったく別の美しい顔に
 整形している。
③部分的な整形ではなく、
 全面的な整形を
 可能としていることを誇る。
特に③については、以下のように
かなり酷似したものとなっています。
「私のメスにかかると、
 低い鼻を高くしたり、
 一重瞼を二重瞼にしたり、
(中略)
 そういうことは朝飯前なんです」
(横溝「面」)
「眼科のお医者さんは
 生まれつきの一重瞼を、
 簡単な手術によって、
 二重瞼にすることができるし、
 耳鼻科の医者は
(中略)、
 低い鼻がいくらでも
 高くなるのじゃ。
(中略)
 朝飯前の仕事じゃ」
(乱歩「幽霊塔」)
「これらの手術を
 全部やってくれという人間は
 殆どいない。
(中略)
 そういう私が、一人の人間の顔面に、
 あらゆる手術を施したとしたら、
 どういう結果になると思いますか。
 今までとはまったく変わった、
 別人が新らしく産まれてくるとは
 思いませんか」

(横溝「面」)
「だれも人間改造というところまでは
 気がつかぬのじゃ。
(中略)
 これらの各方面の医学を総合して、
 人の顔をまったく別人のように
 改造することができたら…」

(乱歩「幽霊塔」)

本作品は1936年6月に
雑誌掲載されましたが、
乱歩「幽霊塔」は翌1937年から
約1年間にわたり
雑誌連載されたものです。
仲の良い二人のことです。
本作品を読んだ乱歩が、
かねてより温めていた「幽霊塔」に、
本作品の描写を借用した可能性は
十分にあります。
もっとも乱歩「幽霊塔」は、
黒岩涙香「幽霊塔」
リライト作品であり、
涙香「幽霊塔」にも天才整形外科医
ポール・レペルなる人物が登場し、
この「まるごと整形」を行っています。
しかし上に記した②以外の描写の酷似は
見当たりません。
やはり乱歩が横溝を拝み倒して
拝借したのではないかと思われます。

本作品は角川文庫「誘蛾燈」に
収録されていましたが、絶版状態です。
現在は柏書房
「横溝正史ミステリ短篇コレクション④」
でしか味わうことができないため、
そのどちらかをアイキャッチ画像として
用いるべきでしょう。
今回あえて双葉社より
昭和51年に刊行された、
さまざまな作家の探偵小説を集めた
アンソロジー「怪奇探偵小説集続」を
取り上げた理由は、
一つは表紙が杉本一文画伯の
ものであるということ、
そしてもう一つは
表紙カバー折り込み部分に
横溝自身の執筆によるコメントが
載っていることなのです。
前者は見過ごされがちな
杉本一文作品であり、
後者はおそらく他の書籍に
収録されていない横溝の文章であり、
その存在は貴重です。

それはともかく、
ミステリというよりは
ほとんどホラーな本作品を、
ぜひご賞味ください。

(2018.12.16)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

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(2025.9.11)

〔「怪奇探偵小説集続」双葉社〕
踊る一寸法師 江戸川乱歩
悪戯 甲賀三郎
底無沼 角田喜久雄
恋人を喰べる話 水谷準
赤い首の絵 片岡鉄兵
父を失う話 渡辺温
決闘 城戸シュレイダー
奇術師幻想図 安部徳蔵
幻のメリーゴーラウンド 戸田巽
霧の夜 光石介太郎
魔像 蘭郁二郎
面(マスク) 横溝正史
壁の中の男 渡辺啓助
喉 井上幻
葦 登史草兵
眠り男羅次郎 広田喬太郎
蛞蝓妄想譜 潮寒二
窖地獄 永田政雄
 解説 鮎川哲也

〔双葉社「怪奇探偵小説集」〕

〔「誘蛾燈」角川文庫〕
妖説血屋敷
面(マスク)
身替り花婿
噴水のほとり

三十の顔を持った男
風見鶏の下で
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ある戦死
誘蛾燈

〔柏書房「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション④誘蛾燈」〕

妖説血屋敷
面(マスク)
身替り花婿
噴水のほとり

三十の顔を持った男
風見鶏の下で
音頭流行
ある戦死
誘蛾燈
広告面の女
一週間
薔薇王
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幽霊騎手
孔雀屏風
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〔関連記事:「幽霊塔」〕
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「画室の犯罪」
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〔角川文庫:ノンシリーズ作品集〕

〔柏書房:ミステリ短篇コレクション〕

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