「幻の人力車」(キプリング)

その間接的な恐怖こそ欧米のゴーストの特徴

「幻の人力車」
(キプリング/岡本綺堂訳)
(「世界怪談名作集」)河出文庫

「世界怪談名作集」河出文庫

「幻の人力車」
(キプリング/岡本綺堂訳)青空文庫

「幻の人力車」青空文庫

ウェッシントン夫人と
許されぬ恋に落ちた「私」。
その恋は熱烈であったが故、
冷めるのもまた早かった。
すでに関心を失った
「私」のもとへ、夫人は執拗に
復縁を請いに現れる。
ある日、夫人は絶望のあまり、
命を落としてしまうが…。

筋書きは簡単です。
死んだウェッシントン夫人の幽霊が
「私」にとりついて
苦しめるというものです。
でも、その現れ方が独特です。

日本の幽霊は辺鄙なところに
夜な夜な現れます。
足下は朧気で、
明らかに現世のものではない
異形のものとして現れます。
おどろおどろしい雰囲気を
醸し出しながら、現れること自体が
恐怖となっているのです。

一方、夫人の幽霊は
白昼大通りに堂々と現れます。
それも現実の人間とは
区別がつかない外見です。
しかもなぜか
夫人が愛用していた人力車と
四人の労力まで
幽霊として現れるのです。
現実にまだ存在している人力車と、
まだ死んでいない人間を、
霊体として引き連れて
現れるのですから、大がかりです。
死んだ人間が現れるのは
確かに怖いものがありますが、
現れ方自体には
恐怖は伴っていないのです。

では何が恐怖となるのか?
他の人間には見えないことです。
夫人の幽霊は「私」には見えるが
一緒にいる婚約者には見えない。
「私」が夫人の霊に向かって
話している姿は、婚約者にとっては
狂っているとしか見えないのです。
誰にも理解してもらえない苦しみ。
これこそが
真の恐怖なのかも知れません。

「私」を診た医者は、
当然「過労」と診断します。
「私」目線から見ると
確かに幽霊は存在しているのですが、
冷静な医者の目には精神疾患特有の
症例が映っているのです。

ここにもう一つの恐怖が潜んでいます。
もしかしたら幽霊など存在せず、
「私」の精神が蝕まれていったのでは
ないかという疑い。
そしてそれは読み手の現実世界でも
十分起こりうるという
恐怖につながります。

幽霊は本当に存在したのか、
それとも「私」の精神の崩壊なのか。
その間接的な恐怖こそ
欧米のゴーストの特徴であり、
直接的に恐怖させる
日本の幽霊との違いなのでしょう。

昭和四年に
岡本綺堂によって紹介された本作品。
翻訳された日本語にも
味わいがあります。
一読の価値ありです。
青空文庫でどうぞ。

※以前取り上げたH.ジェイムズ
 「ねじの回転」にも、
 存在するのかしないのかの恐怖が
 描かれています。
 もっともこちらは
 怪しげな屋敷周辺に出没するので、
 さらに怖いのですが。

(2022.3.16)

〔追記〕
岡本綺堂訳「世界怪談名作集」が、
このたびめでたく再復刊しました。
嬉しい限りです。
本書は昭和4年に改造社より
「世界大衆文学全集」の一冊として
刊行され、
大好評を博したものなのですが、
河出文庫から1987年に復刊、
その後2002年にも同じ河出文庫から
改訂再発されていたのですが、
すぐに絶版となり、
入手困難な状況が続いていました。
アイキャッチ画像も交換しました。

created by Rinker
河出書房新社
¥990 (2024/05/05 16:20:16時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!
こちらもオススメ!

(2023.2.14)

〔本書収録作品一覧〕
北極星号の船長 ドイル
廃宅 ホフマン
聖餐祭 フランス
幻の人力車 キップリング
上床 クラウフォード
ラザルス アンドレーフ
幽霊 モーパッサン
鏡中の美女 マクドナルド
幽霊の移転 ストックトン
牡丹燈記 瞿宗吉

Sergey GricanovによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「幻の人力車」(キプリング)

【関連記事:ホラー小説】

created by Rinker
¥1,100 (2024/05/05 16:20:18時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥436 (2024/05/05 14:25:02時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
ポプラ社
¥298 (2024/05/05 16:20:18時点 Amazon調べ-詳細)

【キプリングの本はいかがですか】

created by Rinker
¥1,320 (2024/05/05 16:20:20時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥693 (2024/05/05 16:20:20時点 Amazon調べ-詳細)

【岡本綺堂の本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA