「雪割草」(横溝正史)

本作品の出版経緯自体が、主人公の生き方に重なる

「雪割草」(横溝正史)角川文庫

「雪割草」角川文庫

吃音のある、大きな声だった。
くちゃくちゃになった
お釜帽の下からはみ出している、
長い、もじゃもじゃとした蓬髪、
短い釣鐘マントの下から
覗いているよれよれの袴
―そういう服装も、
有爲子にはなんだか
胡散くさく思われた…。

横溝正史のまぼろしの長篇と
いわれていた「雪割草」を
ようやく読み終えました。
2021年3月の文庫本発売とともに
購入したのはよかったのですが、
あまりの長篇ゆえ、
手を出しかねていました。
ところが…、
あまりの面白さに、
全570頁を一気に読んでしまいました。

【主要登場人物】
尾形有爲子
…亡くなった父親が
 実父でないことを知り、
 本当の父親を探し求めて上京する。
尾形順造

…有爲子の養父。上諏訪の実力者。
 婚約解消の衝撃で倒れ、
 帰らぬ人となる。
木實
…有爲子の親友。孤児であったが、
 緒方家の使用人となる。
山崎先生
…小学校教師。有爲子・木實の恩師。
宮坂雄司
…上諏訪の旅館鶴屋の跡取り息子。
うた屋
…上諏訪の呉服屋。調子よく立ち回る。
恩田勝五郎
…順造に恩顧を受けた。
 有爲子の所持金を狙う。
賀川仁吾
…若い日本画家。
 将来を嘱望されている。
五味楓香
…日本画家の大家。仁吾の師。
 仁吾を婿養子にと考えている。
五味梨江
…楓香の妻。嫉妬深い。
 娘を邦彦に嫁がせたいと考えている。
五味美奈子
…楓香・梨江の娘。明朗で快活。
五味與一
…楓香・梨江の息子。中学一年生。
蓮見邦彦
…美奈子の交際相手。実業家の息子。
観月堂
…書画商。かつて行った不正により
 楓香から疎んじられている。
葛野京子
…銀座の婦人洋服店マダム。

本作品の味わいどころ①
探偵小説でないのにスリリング

横溝作品の中では
「病院坂の首縊りの家」「悪霊島」に次ぐ
長篇作品です。
あの「仮面舞踏会」「白と黒」
「迷路荘の惨劇」よりも長いのです。
ミステリではないため、
読み通すのには
覚悟が必要だろうと思い、
今まで読むのを躊躇していました。
読んでみたらあまりの面白さに、
頁をめくる手を止められません。
探偵小説でないのにスリリング。
結婚を三日後に控えた主人公・
有爲子の身のまわりには、
たたみかけるように不幸が訪れます。
突然の婚約解消、
父親の死、
自らの出自が不明であること、
逃げるように上京、
騙されて全財産を巻き上げられる、
車にはねられて意識不明、
序盤だけで何とも波瀾万丈。
そして尋ね人とは幾度となくすれ違い。
ここには
美人三姉妹の連続殺人もなければ、
血で血を洗う遺産相続もありません。
フルートを吹く
殺人鬼も登場しなければ、
ゴム製のマスクをかぶった
怪しい青年も現れないのです。
しかし、後の横溝作品に特有の
スリルとサスペンスだけは本作品も
しっかりと持ち合わせているのです。

本作品の味わいどころ②
横溝らしい出生にからむ筋書き

さらに本作品に見られる横溝らしさは、
主人公の出生にからむ冒険です。
比較的早い段階で
実父は誰なのか読めてしまうのですが、
その周辺のドラマの組み立て方が
秀逸です。
母と同じ道をたどろうとする
主人公の運命、
主人公と結ばれる青年の
過ちと立ち直り、
もつれにもつれた人間関係の修復、
そしてすべての人間が
救われて迎える結末。
ストーリーテラー・横溝の
真骨頂ともいうべき出来映えです。

本作品の味わいどころ③
もしかしたら金田一耕助の原形

先ほど「殺人鬼も登場しなければ
怪しい青年も現れない」と
記しましたが、
「名探偵・金田一耕助の片鱗」を持った
青年は現れます。
主人公と結ばれる青年・賀川仁吾です。
本記事の冒頭には
いつもの粗筋ではなく、
この賀川についての描写部分を
抜粋してみました。
まるで金田一耕助です。

ただし、最後まで読み終えると
この青年に抱いてしまった
「金田一耕助感」は、
見事に吹き飛びます。
金田一とは似ても似つかぬ
行動をするのですから。
横溝が「赤屋敷の殺人事件」での
アントニー・ギリンガムに触れたのは
昭和7年頃のこと。
その段階では天才型ではない探偵像を
ギリンガムに見出していたはずです。
そして本作品を執筆していた
昭和16年段階では、
金田一の容貌について試行錯誤が
なされていたのではないでしょうか。
戦時中、当局の指示によって
探偵小説の執筆を禁じられた中で、
戦後に活躍させる予定の「金田一耕助」は
着実に横溝の脳内で
像を結びつつあったのです。

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さて、横溝の幻の作品「雪割草」の
原稿が発見されたニュースが
駆け抜けたのは2017年。
翌2018年には単行本刊行
(このとき最終回原稿の一部が欠落、
埋め合わせ処置を施し出版)、
そして2021年には文庫化
(発見された欠落分を差し替え出版、
しかも杉本一文装幀画表紙!)。
長く忘れ去られていたとはいえ、
もっとも幸せな形で私たちの手元に
届いた作品といえるでしょう。
本作品の出版経緯自体が、
主人公・有爲子の生き方に
重なるとともに、
表題「雪割草」を見事に具現しています。
未読の横溝ファンは、ぜひご一読を。

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